お笑い芸人のバカリズムさんは、フリップネタや大喜利など、芸人としてもものすごく面白いですが、脚本で賞をとったりと、多彩な才能を発揮されて現在大活躍中ですよね!
そんなバカリズムさんですが、実は元々コンビを組んでいて、”バカリズム”というのはコンビ名だったのをご存じでしょうか?
この記事では、
- バカリズムの元相方
- コンビ時代のバカリズム
- 元コンビを組んでいたピン芸人は?
などについてまとめてあります!
それでは始めていきます!
バカリズムの元相方は松下敏宏
バカリズムさんの元相方は松下敏宏さんという方です。
因みに現バカリズムさんの本名は、升野 英知(ますの ひでとも)といいます。
二人で”バカリズム”というコンビを組んでいました。
松下敏宏さんは顔がブルース・リーに似ているということから、”ブルース”というあだ名だったようです。
確かに似てるかも!
升野英知さんと松下敏宏さんは同じ日本映画学校の同級生で、漫才の授業でたまたま一緒にコンビを組んだことがきっかけで、そのままお笑い芸人として活動していったという流れのようですね。
因みに升野英知さんと松下敏宏さんは仲が良かったという訳ではなく、ビジネスパートナーという間柄だったそうです。
バカリズムのコンビ結成は1995年
バカリズムのコンビ結成は日本映画学校に在学中の1995年です。
結成当時は”きくらげ”というコンビ名で、主導権は松下敏宏さんが握っていたとか。
ただその後、松下敏宏さんが遅刻してきたときに、升野英知さんが怒り「そもそもきくらげって名前もどうかと思う」とどさくさに紛れて”バカリズム”に改名!
そして升野英知さんがネタ作りをはじめ、主導権は升野英知さんが握るようになっていったようです。
因みに”バカリズム”というコンビ名は、升野英知さんが考えた造語で、他にある言葉だと検索したときにややこしくなるので、あえてこの世にない言葉を付けたということだとか。
バカリズムがお笑い養成所に行かなかった理由
ここでふと疑問なのですが、大抵芸人さんてお笑いの養成所に入るイメージがあるのですが、バカリズムさんは映画学校の俳優科に進んでいます。
その理由を調べたら、なんともバカリズムさんらしい”策士”な一面がみえたのでご紹介します。
理由①:男子校だったので、女の子のいる共学に行きたかった
男子高を卒業してそのまま甘酸っぱい思い出もなく就職するのが嫌だったので、とにかく女子のいる学校に進学したいと思ったとのこと。
お芝居をやって、憧れの女子がいて、毎日文化祭をやっているような楽しそうな学校に見えたと語られているようです。
理由②:ウッチャンナンチャンが卒業生だったから
バカリズムさんはウッチャンナンチャンに憧れていたようで、あわよくば芸人になれると思ったのだそうです。
実際にバカリズムさんはウッチャンナンチャンと同じ事務所のマセキ芸能社に入っています!
理由③:芸人志望ではない人の中のほうが目立つと思ったから
この理由が一番”策士”だなと思いました!
バカリズムさんの卒業した日本映画学校俳優コースでは、漫才の授業があるようなのですが、芸人を目指してない人たちの中でお笑いをやったほうが、芸人だらけなお笑い養成所に入るよりぶっちぎりで勝てるので、勝手に才能があるように見えるんだとか!
確かにそうなのかもしれませんね!
なかなかの策士で、なんだかバカリズムさんらしいなぁと思いました!
バカリズムコンビ当時の活躍
バカリズムは日本映画学校に在学中、マセキ芸能者主催のお笑いライブに出場したようです。当時からバカリズムの才能は突出していたというエピソードがありました。
オークラという現在放送作家でをされている方が当時のエピソードを綴られていました。
ネタを作った升野君は僕より2歳年下で当時19歳。映画学校の同級生とバカリズムというコンビを組んで、まだ2回目か3回目くらいのライブ出演だった。年下に完敗したと感じた瞬間だった。
OHTABOOKSTANDより引用
そしてバカリズムは卒業後も複数の番組にレギュラー出演するなど活躍を広げていったようです。
フジテレビ系「笑う子犬の生活」では主要キャストとして活躍。
NHK「爆笑オンエアバトル」には四年間出場しましたが、大きな爪痕は残せず、10勝13敗という結果だったようです。
バカリズムは当時尖っていたというエピソードがあります。
オンエアバトルでの敗者コメントで、バカリズムは「また同じネタを持ってきます」と無表情でコメントをしたとか。他の芸人は悔しさを表現したりするので、スタッフの指示で撮り直しを5度もしたにも関わらず、全て同じコメントをしたそうです!
尖ってるね〜
デビュー当時の尖っていたご自身のことを、2023年4月に放送されたフジテレビ「TOKIOカケル」出演した際語られていたようです。
バカリズムさんは若いころ、ツンケンしてて同世代の芸人のネタを見ても笑わなかったそうです。
できたふりをしていて、自分に自信がないからこそ虚勢を張っていたとか。
これめっちゃ分かりますね!若いからこそ舐められたくないし、変にプライドあるし…
でも徐々に大人になって経験を積み、自信がついてくると余裕ができてある程度のことが来ても動じなくなりますよね!
俗に丸くなるってやつですね!
バカリズムにもそんな時期があったんだね~
バカリズムの元相方の解散理由
2005年の11月に元相方の松下敏宏さんから芸能界引退の申し出があったそうです。
30歳という節目もあり、この先の人生を考えるタイミングではありますよね。
コンビでテレビには出演していたけれど、鳴かず飛ばずだったため、引退を決意したとの事のようです。
確かに当時のネタ番組でのバカリズムの記憶は正直ありませんね…。
しかも当時からネタは全て升野英知さんが書いていたようで、すぐ近くに天才がいると自信をなくしていく気がします。
松下敏宏さんは色々と思うところがあったのではないでしょうか。
また、後にバカリズムさんがコンビ当時について語られています。
「単純に未熟だったし、面白くなかったから売れなかったんだと思います。昔のネタを見ると、『もっとこういうふうに伝えればよかったのにな』と思いますし。ただ変わったことをやろうとしか思ってなくて、客観視ができていかなかったし、伝える技術がなかった。ひねくれていたというか、売れないことを環境のせいにしたり、お互い相方のせいにしたりしてたし」
OHTABOOKSTANDより引用
売れないとコンビの間もギスギスしてきてしまうのでしょうか…。
一方でコンビ解散が決まったとき、升野英知さんは寂しい思いもあったようです。
松下敏宏さんは雑用や現場までの行き方を教えてくれていたり、優しい一面があったとか。
また、スタッフとのコミュニケーションを、元相方の松下敏宏さんが全てやってくれていたため、升野英知さんが松下敏宏さんにマネージャーにならないかと持ちかけたそうです。
松下敏宏さんは「金額次第ではない話ではない、俺ならお前を売る自信がある」と言ったらしいのですが、升野英知さんが「想像したら気持ち悪い」という理由でその話はなくなったそうです。
松下敏宏さんがバカリズムを脱退という形で升野英知さんだけが残り、そのまま芸名を”バカリズム”としたようです。
二人しかいないので違和感がありますが、バンド形式と一緒ですね!
解散ライブでピンのチラシを入れていた
バカリズムさんは、解散の数か月前からそろそろ解散かなという空気を感じ取っていたそう。
ピン転向を意識してからの行動はめちゃくちゃ早く、驚くことに、コンビ解散のライブには、ピンの単独ライブのチラシを折り込んでいたとか!
その理由としては、コンビ解散後に漂う悲壮感がお笑いに邪魔だなと思い、ピンになったほうがいいじゃん!と早く思わせたかったからだそうです。ピンになってから何やろうと考えるのでは遅いと思っていたようですね!
確かにその言葉通り、解散して2か月後には「R-1グランプリ」で決勝進出し、”トツギーノ”ネタで4位になっています。
ピンになってからの売れ方の早さがえぐいですね!
バカリズムの元相方の現在
バカリズムを脱退した松下敏宏さんは、一般人になったためあまり情報がありません。
松下敏宏さんは芸能界引退後、一切表舞台に出ていないようです。
2019年8月にお笑い芸人エレキコミックのやついいちろうさんが、稲川淳二さんの怪談ライブの終演後に会場のロビーで偶然松下敏宏さんに会ったと話されていたようです。
なんと会うのは約15年ぶりだったとか!
バカリズムさんも全く会っていないそうです。
確かに、自分が脱退した後にピンで元相方がすぐに売れるって、ものすごく複雑ですよね。
エレキコミックのやっつんが変わり果てた元バカリズム松下と偶然再会したけどあんま会話が成り立たなかったって話、怖すぎる。 pic.twitter.com/EtJT7BhvUY
— 牙 (@ms_teenage_riot) August 26, 2019
元コンビだったピン芸人まとめ
バカリズムさんの他に、元コンビを組んでいたピン芸人を調べてみたら、意外と多かったです。
劇団ひとり
コンビ名:「スープレックス」
元相方:秋永和彦 2000年解散
ビビる大木
コンビ名:「ビビる」
元相方:大木淳 2002年解散
有吉弘行
コンビ名:「猿岩石」
元相方:森脇和成 2004年解散
土田晃之
コンビ名:「U-Turn」
元相方:対島盛浩 2001年解散
江頭2:50
コンビ名:「男同士」
元相方:コンタキンテ 1998年解散
ケンドーコバヤシ
コンビ名:「モストデンジャラスコンビ」
元相方:村越周司 2000年解散
陣内智則
コンビ名:「リミテッド」
元相方:西口圭 1995年解散
宮川大輔
コンビ名:「チュッパチャプス」
元相方:星田英利(ほっしゃん。) 1999年解散
それぞれのコンビに、それぞれのストーリーがあるようですね。よく考えたら、二人で運命を共にする仕事ってなかなかないですよね。
本人たちにしか分からない大変な苦悩がきっとあるんだと思います…!
これからも応援していきたいと思います!