有吉弘行さんといえば、今や冠番組をいくつももつ超売れっ子ですよね!
猿岩石から復活したときは面白い「あだ名」をつけて再ブレイクしたのが印象的で、
色んな人に物おじせずに、毒舌でかつ的確な面白いあだ名をどんどんつけていくので、
頭の回転が凄いな〜と思いました!
そんな有吉弘行さんは頭が良くて高学歴なのか気になったので調べてみました!
この記事では
- 有吉弘行の学歴
- 有吉弘行の学生時代のエピソード
- 有吉弘行の実家が古民家カフェの噂
などについてまとめてあります!それでは始めていきます!
有吉弘行の学歴は高卒
有吉弘行さんは小学校から高校まで広島県安芸郡熊野町で育っているようです。
- 出身小学校は、「熊野町立熊野第一小学校」
- 出身中学校は「熊野町立熊野東中学校」
- 出身高校は「広島県立熊野高等学校 」
熊野筆で有名な熊野町ですね!
小学生の頃の有吉弘行さん
中学生の頃の有吉弘行さん
高校生の頃の有吉弘行さん
有吉弘行さんが卒業した広島県立熊野高等学校の偏差値は41ということで、高学歴という枠には入らないみたいですね。
しかし、切れ味の良いトークや番組のMCで活躍する姿は本当に凄いですし、面白いな~と思います!
高卒ではありますが、有吉弘行さんは勉強はそこそこできたようで、大学の推薦を受けれる話もあったようです。
しかし既に芸人を目指していた有吉弘行さんは、大学には進学していません。
因みに有吉弘行さんの地元では、周りに大学に進学する人が少なかったらしく、
大卒の人に会ったのは、有吉弘行さんが二十歳を過ぎてからだったそうです!
有吉弘行の部活は弱小柔道部
有吉弘行さんの高校時代の部活は柔道部だったようです。
しかし、実は柔道というよりプロレスがやりたくて入部、顧問もおじいちゃん先生でやる気なし。
有吉弘行さんも柔道の練習はせずにプロレスごっこをやっていたそうです。
学校の武道館は40畳くらいあったそなのですが、ゴロゴロして贅沢なひとときをすごしたとかw
そんな柔道部なので、もちろん弱小。柔道着からは汗の臭いではなくフローラルの香りがしていたそうw
高校時代柔道の大会で、汗臭い男だらけの中、ウチのメンバーだけ練習をしないのでフローラルな香りがして、不気味がられました。(当然弱い)
— 有吉弘行 (@ariyoshihiroiki) April 4, 2010
そして地方で試合があるときは、学校が休めるのでみんな行くそうなのですが、行くと試合に出なければいけないので、柔道着をわざと忘れたりしていたようです。
さらに広島県内の強豪校が集まって合同合宿があったとき、有吉弘行さんの学校は練習をせずに休憩室でトランプや漫画、プロレスごっこをしてサボっていたら、強豪校の先生にめちゃくちゃ怒られて全員正座をさせられたとか。
弱小っぷりが半端ないですね!でも楽しそう!w
高校生で既に毒舌っぷりを発揮!
有吉弘行さんは、昼休みに図書室へ毎日行って「週刊朝日」と「サンデー毎日」を読むのを日課としていたとか。
そんな有吉弘行さんに、転がし上手な後輩が現れて、週刊誌の記事についての意見を求められ始めるようにり、有吉弘行さんはそれに対し、何の遠慮もない、最低の差別や悪口を言うという、今の芸風を彷彿させるような事が既に高校生であったようです。
そして有吉弘行さんは、図書室の小さなカリスマとして君臨するようになったのだとか!
これって有吉弘行さんが再ブレイクしたきっかけになった「おしゃべりクソ野郎」みたいなことを言ったりしていたのでしょうか?
でも有吉弘行さんて毒舌ですが、不思議と嫌な気がしませんよね。高校生の頃から毒舌のスキルが磨かれていたのでしょうかね!
でも図書室って静かにしなきゃだよね?
良い子のみんなはマネしないように~w
有吉弘行はモテモテだったけど彼女なし!
有吉弘行さんは、学校では女の子にすごく人気で、ガンガン告白されていたとか!
でも有吉弘行さんは告白されても誰とも付き合わず、高校を卒業するまで彼女がいたことはなかったそうです。
友達とも深くは付き合わずに、有吉弘行さんの弟とばかり遊んでいたとのこと。
なんか有吉弘行さんはひねくれているイメージが勝手にあるのですが、なんだかイメージ通りだな~と思いました!
因みに有吉弘行さんの弟は4~5歳離れていて、現在は花屋さんをやっているそうです。
4つ、5つ離れた弟なので、いくつになっても僕にとって“召使い”みたいなもんですよ。向こうは怖くてしょうがないんじゃないですか、いい歳になっても(笑)。
お笑いナタリーより引用
男兄弟っていつまでもお兄ちゃんにはかなわないんだね!
有吉弘行の幼少期が可愛すぎる!
有吉弘行さんの幼少期の写真がめちゃくちゃ可愛かったです!これはモテモテだったんだろうなと納得です!
あっ、ポッキーの日なの。
— 有吉弘行 (@ariyoshihiroiki) November 10, 2015
じゃあ載せとくか。。。 pic.twitter.com/CVzQoXWnkw
有吉ちゃんの可愛いやつ。 pic.twitter.com/l8e6J6i1wA
— 有吉弘行 (@ariyoshihiroiki) June 27, 2014
有吉弘行のひねくれは幼少期にあり?
そんな可愛らしい幼少期の有吉弘行さんですが、幼少期に体験したトンでもエピソードがありました。
有吉弘行さんは広島県の熊野の田舎で育つのですが、3歳までは別のところ(所在地不明)で暮らしていたようです。
有吉弘行さんが住んでいた階下の女性が、まだ幼い有吉弘行さんが無邪気に走り回っていたりすると、包丁を持って怒鳴りこんでくるような女性で、現在に至るまで人の顔色を窺うようになってしまったとか。
めちゃくちゃ怖い!!!
また、有吉弘行さんの父親はかなり変わっているようで、野良猫のボスを気取ってみたり(?w)大量のカブト虫を保有していたり、息子の有吉弘行さんから見ても超謎行動をする父親だったようです。
また、「折り紙を覚えて何の意味がある?」という有吉弘行さんの父親の教育方針で、
6歳まで幼稚園に通わせてもらえなかったそうです。
ようやく有吉弘行さんは年長クラスから幼稚園に通うも、急に入ってきたので馴染めず、友達が出来ないまま小学校へ進学したとのこと。
ただ、小学校でも幼稚園時代の人間関係が延長していくため友人関係は希薄のままだったようです。
そして有吉弘行さんの可愛らしい見た目が災いすることに。
有吉弘行さんの両親も女の子のように髪をのばさせたりもしたことで、「おかまだ」とクラスメイトにいじめられてしまったそうです。
有吉弘行さんにとって「かわいい顔」がコンプレックスとなってしまい、わざと乱暴な態度を取ったり、ひねくれた口のきき方をするようになってしまったということのようです。
なんとも胸が痛む話ですが、その「ひねくれ」が今の有吉弘行さんの芸に活かされているような気がします!
有吉弘行が芸人を目指したのは小学3年生!
有吉弘行さんは見た目も問題もあり、小学校でもしばらくは友達ができないままだったようです。
しかたないので休憩時間にみんなと遊ぶこともなく、有吉弘行さんは一人で空想上の動物や妖怪を粘土で作る遊びをしていたところ、クラスで徐々に評判になり、「〜を作ってくれ」と依頼を受けるようになったいったとか。
これを機に有吉弘行さんはクラスメイトと少しずつコミュニケーションを取れるようになっていったようです。
有吉弘行さんが小学3年生になると、「面白い」という理由だけでモテていた同級生を羨ましいと思ったそうです。
「小3の時、同級生の子が小さくてて全然カッコ良くもないのに、面白いからってモテたんですよ」と振り返った。「クラスの子が、その子が好きって言ってさ。それでウワッって思って、お笑いのほうに行っちゃったんだよね」
スポニチより引用
これがきっかけで有吉弘行さんはお笑いを目指すことを決めたそうです。
これはなんか意外ですね。笑いをとってた同級生がモテててうらやましかったのに、告白されても誰とも付き合わなかったっていうのは、まさに有吉弘行さんの「ひねくれ」がでている気がします。
有吉弘行の実家は古民家カフェ?
有吉弘行さんは3歳から熊野筆で有名な広島県安芸郡熊野町に引っ越したようなのですが、
その実家がなんと築100年以上経っていて、有吉弘行さんが住んでい当時から雨漏りがひどかったそうです。
そして、2010年に有吉弘行さんの父親がなくなり母親だけになってしまったので、
有吉弘行さんの母親は広島市のマンションに引っ越し、実家は売り払ったそうです。
その実家がなんと古民家カフェになっているという噂があり、有吉弘行さん本人も、
「古民家カフェになるようなところに住んでいたのか…」と複雑な胸中を吐露していたようです。
その噂の古民家カフェの詳しい情報はないのですが、恐らく有吉弘行さんの通っていた小中学校の傍ではと推察されます。
もし近くの方は、探してみたりすると面白いかもしれませんね!